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恋泥棒 / 奥村チヨ

今回は楽曲もですが作曲家についても、ちょっと:

恋泥棒ジャケ.jpg

「恋泥棒」は奥村チヨさんの18枚目のシングルとして1969年10月に発売され、
オリコンシングルチャートで最高9位(同年11月24日付)、同100位内に23週ランクインし
26.7万枚の売り上げを記録するヒットとなりました。

前作であり恋シリーズ第1弾である「恋の奴隷」が大ヒットし(オリコン2位、52万枚)、
紅白出場確実と言われていたところにNHKから「歌詞に『ぶってね』と言う表現がある
から出演させられない」とクレームが入り、それを甘受して急きょ作られた楽曲である
と言われているようですね。

それを前提に聴くと確かにそのように、安易に作られたような印象を持ちますが、
音楽・楽曲としては「恋の奴隷」とは全くの別物であり、
きわどい表現がない分、当時の子供(私も含めて、ですが)にも受け入れられる
親しみやすさを感じます。

特にサビの ♪二度が三度に度重なって…♪ のキャッチーさは抜群であり、
それを軸にいくらでも替え歌が作れそうです。
その、替え歌を簡単に作れる事って、ヒットする上でとても重要と思うんです。

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作詞・なかにし礼、作曲・鈴木邦彦のコンビの作であるのは「恋の奴隷」と同じで、
「恋泥棒」では鈴木氏が編曲も行っています。

「男についていく女」がテーマでどこかおっとりとしたサウンドであった「恋の奴隷」。
対して「恋泥棒」では女性側が上から目線で男性を見定めていく内容の歌詞に合わせ、
サウンドも軽快さが強調されています。
歌詞・メロディー・編曲ともこの「恋泥棒」を踏襲し、作家を入れ替えて作られたのが
「嘘でもいいから」(1970年発売、川内康範作詞・筒美京平作編曲)でしょう。

奥村チヨさんはそういった楽曲を歌うのは本当に嫌だったそうですが、
音源を聴いても、また当時の映像を観ても、
楽しそうには見えても嫌そうには全く見えないのが不思議なほどです。

「知らなかったの」「チコの歌」などのごく初期の曲を聴くと、
奥村チヨさんは実は全くの正統派歌手だった事がよくわかり、実力の高さも伺えます。

その反面、恋シリーズがヒットした直後のライブ録音などを聴くと、
レコードなどと声も歌い方も寸分違わない、実に艶っぽい歌唱で、
懐の深い歌手であった事がよくわかります。

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3コーラス+最後の8小節繰り返し&フェイド・アウトと言った構成で、
キーはAマイナーでエンディングでは半音上がってB♭マイナーになります。
歌い出しだけがCメジャーなのが変わっていますね。

オケのリズムは16ビートで進行し、その上に8ビートの歌メロが乗る作りです。

「恋の奴隷」や「恋狂い」のような前フリ付きでなく、いきなり本道から始まる
イントロが唐突に感じられてかえって新鮮です。

イントロや3コーラス目前の間奏でまず電気ピアノの音でメロディーが演奏されますが、
この音は今でもよく使われるRhodes(ローズ)であり、
当時かなり新しい音だったのではないでしょうか。

その音で演奏される ラドソラミソ レーミドレドラ のメロディーはおしゃれで、
当時奥村チヨさんが例えられていた小悪魔っぽい女性をイメージしているかのようです。
その音使いで7thと11thが殊更強調されていますが、これはジャズ畑出身の鈴木氏が
何気なく、サラッと生み出したフレーズのように思えます。


全体的にオケはストリングスとホーンが掛け合うように進行し、
クリーンな音のエレキギターが忙しくリズムを刻んでいます。
3コーラス目ではAメロからホーンが登場して変化をつけています。

3コーラス目が終わると半音上がって再び ♪二度が三度に…♪ と繰り返します。
他の多くの曲では、そのような変わり目でのコードは始めの2拍は元のキーのトニック、
次の2拍に半音上のキーでのドミナントを充ててから進行するのが定番ですが、
「恋泥棒」では3コーラス目最後の ♪あなたのことを♪ の「を」でいきなり
半音上のキーでのドミナントを充てており、ここも何となく唐突に感じられます。
(トニック:Iの和音 ドミナント:Vの和音 …いきなり専門用語でごめんなさい)


1970年代前半までの歌謡曲でたまに感じられる事なのですが、特にこの曲では、
リズムブレイクの部分(この曲では各コーラス最後の ♪あなたのことを~♪)が
やや長めなんですよね。

つまり、ドンカマやメトロノームのようにきっちりとした長さのブレイクでなく、
長めのタメが入っていると言う意味で、言い換えると
♪・あなたのことを♪ の直前の1拍休符(・)をかなり長めにとらないと、
あるいは ♪あなたのことを~♪ をゆっくりめに歌わないと、
次のオケのフレーズにスムーズにつながらないんです。

この曲の時代では、カラオケはミュージシャン全員一斉の一発録りであり、
アレンジャーがその指揮をする事が多かったようで(指揮をする専門の人もいた
ようです)、よく聴くとテンポにもゆらぎがあったりします。

この曲のブレイクについては、 ♪あなたのことを~♪ をキメるために
意識的に長めにブレイクしたと考えられ、
大げさに言えばクラシックにも通じるような、音楽的な操作だな…と私は思います。

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今から2ヶ月半ほど前に筒美京平氏が逝去し、今も時々特別番組などが組まれます。

筒美氏と鈴木邦彦氏はジャズと言う共通項があり、
1971年頃と思いますが、その二人のピアノの競演が放映された事もあります。

筒美京平氏は以前からずっとビッグネームであり、注目を集める存在でしたが、
同じ時代に活躍していた鈴木邦彦氏があまり語られる事がないのは残念です。
戦後の日本の作曲家で、作風の幅広さ、音楽の奥深さで筒美氏と比肩できるのは
鈴木氏だけでは、と私は考えています
(実際には鈴木氏の方が年齢が上ですし、キャリアも長いですし)。

鈴木氏がヒットを量産していたのは昭和50年(1975年)前後までで、
筒美氏ほど長期に渡っていないのが注目度が高くない原因かも知れませんが、
Wikiなどで調べて頂けば、そのヒット曲の多さやそれらの知名度の高さなどで
鈴木氏の実績を理解して頂けると思います。


「恋泥棒」
作詞 : なかにし礼
作曲 : 鈴木邦彦
編曲 : 鈴木邦彦
レコード会社 : 東芝音楽工業
レコード番号 : TP-2214
初発売 : 1969年(昭和44年)10月1日

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次回(27日)は今年最後のクイズ、やります!

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もとまろ

ぽぽんたさん、おはようございます。
今年も残りわずかになりました。

今聴いても♫どうぞぶってね〜♫は怖いなぁと思うので、だからこそ「恋泥棒」は女性像がかわいくて聴きやすいです。チヨさんのクセ強めの歌い方もすごい。紅白で歌う姿は冴えまくってますね。
それと、♫あなたのことをー♫のリズムブレイクのお話は面白いです。そういえばそうだなぁと歌が終わりに近づくと分かります。これ、当時は歌手が生演奏でたくさん歌っていたからかっこよく聴こえることで、今のカラオケに合わせて歌う歌手だと、それと規則的に打ち込まれたリズムブレイクだとどうかな…やっぱり、人がつくり出す音楽って、かっこよさとか迫力がすごいですね。

恐らく「恋三部作」の時期だと思いますが、チヨさんがあの「人形の家」を歌っているのを聴きました。思った以上に良かったです。
スケール豊かなミコさんのようにとはいかずとも、後の「終着駅」につながるような情感をめいっぱい楽しめました。もしかしたら、こういう歌をずっと歌いたかったのかな。

チヨさんが引退して2年になります。お元気でいらっしゃるでしょうか。
コロナで高齢者が重症化しやすい今日この頃、どうかお体に十分気を付けてハマケイ先生と穏やかにお過ごしいただきたいです。

鈴木邦彦先生は、私の世代ではどうしても「ものまね王座決定戦」の審査員なんですよね。いつも穏やかでいらっしゃって、大作曲家という感じがいい意味でしない先生だと思います。
あまりご自身の作品について「ここを頑張った」「ここをつくるのに苦労した」みたいなことを仰らないイメージがあります。ただ、朱里エイコさんのものまねで「北国行きで」が歌われたとき、「これは僕がつくったんてすよ」と仰っていたのを覚えています。
もっと若い人に見直されて良い先生です。
先生の多彩さは、(何度も話題に出してすみませんが)フォーリーブスでも発揮されています。GS調の「オリビアの調べ」から大人化した「ふたりの問題」まで。
特に、先生が編曲も担当された2曲が良いです。まず「新しい冒険」は、レコードだとエレキギターで締めるところをテレビやコンサートでは♫ワン・ツー・スリー・フォー!♫とかけ声で締めるアレンジに変更になって、そのスペシャル感がたまりません。「愛と死」は洋楽カバーと思ってしまうロックテイストが楽しめます。公ちゃんがほとんど歌っていて、陰りあるキャラだった(再結成時はかなり明るくなりましたが)公ちゃんらしさがよく表れた歌です。
今日はクリスマスイブですが、鈴木先生がクリスマスソングにぴったりの楽器、ハンドベルの開発・普及に尽力されているとは今の今まで知りませんでした。息子達の幼稚園や児童館で、先生方がハンドベルの演奏を聴かせてくださいますが、まさか鈴木先生が関わっておられたとは…。歌謡曲だけにとどまらず、意外な場でご活躍されているんですね。
by もとまろ (2020-12-24 10:19) 

もとまろ

あ、先程書かせていただいたハンドベルの正式名称は「ミュージックベル」です。
by もとまろ (2020-12-24 11:15) 

もっふん

桜田淳子さんの曲か「喝采」にコメントしようかとも思いましたが、最新トピックと言う事でこちらに。

今日も今日とて能天気にSyncroomでセッションなどをしていたところ、家内がわざわざタブレットの画面を見せにやって来ました。中村泰士氏の訃報でした。自分の目を疑って思わず楽器の手が止まってしまい、仲間には申し訳なかったのですが用事が出来た事にしてそのままルームを退出しました。

お歳を感じさせないパワフル・ガイのイメージがあっただけにまだ少し信じられない気持ちでいます。報道によれば今月5日までライブ活動をされていたとの事で最後までミュージシャンとしてご自身を燃やし尽くされた姿に頭が下がります。

また一つ我々の青春を彩ってくれた巨きな星が堕ちてしまい、本当に昭和が遠くなった事を感じずにはおれません。

氏の残された業績に深く感謝するとともに謹んでご冥福をお祈り致します。
_
by もっふん (2020-12-24 22:46) 

もとまろ

何度もすみません。

なかにし礼先生のご冥福をお祈り申し上げます。

今振り返れば、この「恋泥棒」以上にきわどい、先生の思いを反映させた歌がたくさんあります。この機会に、特に若い人に見直されて欲しいです。
by もとまろ (2020-12-25 07:06) 

もっふん

相次ぐ訃報に絶句するしかありません。今年は何という年だったのでしょう。

なかにし礼氏の詞作には人生経験に裏打ちされた人間の心の機微がよく表されておりあたかも文学作品のような深みがありました。大衆歌謡の多くが道具立てなどの表面事象にこだわる傾向がある中で傑出した存在であられたように思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。
by もっふん (2020-12-25 10:15) 

ぽぽんた

もとまろさん、こんにちは!

「恋の奴隷」は、ひょっとしたらその「どうぞぶってね」が大ヒットの最大要因だった
かも知れません(^^)
奥村チヨさんの著書によると、ファンがそれまでは男女半々くらいだったのが、
その曲をきっかけに一気に男性ばかりになったそうです。

明らかにこれは指揮者がタイミングを調整しているな、と感じる曲は他にもあって、
「小さな恋の物語」(アグネス・チャン)でも ♪小鳥の歌に目覚める…♪ などの
部分もその他のフレーズに比べてゆっくりだったりします。

私は奥村チヨさんの大ファンなのですが、その理由の一つがもとまろさんが挙げて
おられる「人形の家」のように、他人の曲も自分の世界にしてしまう力なんですね。
それはきっと、基本的な実力(アカデミックな事を含め)がないと出来ないのでは、
と思うんです。
近年ヒット曲がなかったのであまり騒がれる事もなく、ひっそりと引退してしまった
感がありますが、もっと注目されて良い歌手の一人と今も思っています。

そうですね、鈴木邦彦氏は筒美京平氏とは違って積極的にメディアに出ていた印象
がありますね。
質問したらいくらでも答えてくれそうな人柄の良さも感じられますし、
もう高齢(82歳)ですがもっと活躍して頂きたい気持ちです。

仰るように鈴木氏は作曲する音楽の幅がとても広く、その中に親しみやすさも
同居している、数少ない作曲家と思います。

ミュージックベルについては、私も近年知りました。
恐らく、かなり乱れた音楽が氾濫している中、基本を大切にした音楽教育を
しっかり行って欲しいと言う気持ちもあるのではないでしょうか。

なかにし礼氏の訃報には私もとても驚きました。
このブログで採り上げたタイミングでそのような事がよくあるので、
何だか書くのに臆病になってしまいます。

私が生まれて初めて買ってもらったシングルがなかにし礼氏作詞の「手紙」
だった事もあり、とても残念な気持ちです。
心からご冥福をお祈り致します。

by ぽぽんた (2020-12-26 10:31) 

ぽぽんた

もっふんさん、こんにちは!

今週はビッグネームの訃報が二つもあり、何だか落ち込んでしまいますね…。

中村泰士氏(一時期「やすし」と読ませていましたが、最近は「たいじ」に戻していた
のでしょうか?)と言うと、私は真っ先に思い出すのはスタ誕の審査員です。
都倉俊一氏や阿久悠氏、松田とし氏がかなり辛辣な言葉を投げかけていたのに対し、
中村氏や三木たかし氏は厳しい中にも救いのあるコメントを出していたような、
そんなイメージがあります。

なかにし礼氏については、その作品もそうですが、文筆家の中ではとりわけ雄弁で
積極的だったイメージが、個人的にはあります。
物の考え方や表現の仕方が自分とは合わないな…と思う事も多々ありましたが(^^;)、
特に昭和歌謡に関してはその実績はものすごいものがあるんですね。

今年は特に音楽関係の訃報が多く、それに接するたびに昭和がどんどん遠くなる
ような気がします。
今の音楽が当時よりも明らかに優れていればそれほどの落胆もないかも知れない
のですが、現実は…。

中村泰士氏、なかにし礼氏のご冥福を心よりお祈り致します。

by ぽぽんた (2020-12-26 10:45) 

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