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突然ですが!クイズです

お久しぶりです! ぽぽんたです。

暑い夏も過ぎ、今年も二桁の月が始まりましたね。
このブログも長い休みを頂きましたが、
今月から少しずつですが、書いていこうと思ってます。

で、その手始めにこのクイズ。

いつかもやった気がしますが、イントロクイズ、ならぬアウトロクイズ!
次の音源は、あるヒット曲の本当にここで終わり!と言う部分です。
その曲名とそれを歌唱した歌手を当てて下さい:

時は1977年。
今みたいにどんな曲がヒットしているのか全然わからないのとは全く違い、
実に様々な音楽が世の中を彩っている時代でした。
この曲もその一つで、TBSのドラマ「ムー」でもゲスト出演で披露された事があります。
その別の回ではピンク・レディーが突然現れて「渚のシンドバッド」を歌いましたっけ。

今気づいたのですが、今回の曲のタイトルって7文字と5文字の組み合わせなんですね(^^)
え?だから何だ、って? だからぁ…(^^;)


回答期限は今週土曜(10日)の夜23時とさせて頂きますね。
そのすぐ後に正解発表とコメント欄の開示を行います。
コメント欄を「受付/承認後表示」にして、回答をお待ちしてます。
(回答・投稿して頂いた後、こちらで開示しないと表示されませんのでご注意下さい)


それではよろしくです(^^)/

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それでは正解をば…

憎みきれないろくでなし(沢田研二)  でした。

回答・コメントを寄せて下さった皆さま、誠にありがとうございました。
明日はこの曲について、久しぶりに記事を書かせて頂きます。
ぜひまたおいで下さい(^^)/

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憎みきれないろくでなし / 沢田研二

前回の更新から早2ヶ月。 夏を過ぎてもコロナ禍は収束する気配がないですね…。
私は先日、初めて東京スカイツリーに行きました。
そこからの眺めはやはり素晴らしく、テレビなどではとてもその良さを伝えきれていないな、
と感じ入りました。

が。

日暮れ時に最上階の展望台(展望回廊)にのぼったのですが、そこの人の多さと言ったら…
3密?どこの話? ってなほど、人でごった返していました。
確かに殆どの人はマスクを着けていました。
しかしあの密度では、それも殆ど役に立っていないでしょう。

ソーシャルディスタンスだのどうのとうるさく言われている最中、これはないよな。
わざわざ予約してから行ったのに、当日券の人と一緒にしてたら予約の意味もないじゃん。
もしこんなところでクラスターが発生したら、一体何人に感染するんだ?
この状況を、東京都知事は知っているのだろうか? 知って認めているのだろうか?
通勤電車じゃないんだから、これはまずいでしょ。
本当にコロナ禍を収める気があるのだろうか?
頭の上にはてなマークを沢山残したまま、東京スカイツリーを後にした私でした。

きっとそれ、東京スカイツリーだけの話ではないでしょうが。

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ブログ再開第1回目は、今から43年前の1977年、そのちょうど今頃にヒットしていたこの曲です:

憎みきれないろくでなしジャケ.jpg

「憎みきれないろくでなし」は沢田研二さんの、ソロとしては21枚目のシングルとして、
またあの大ヒット曲「勝手にしやがれ」に続くシングルとしてその年の9月に発売され、
オリコンシングルチャートで最高3位、同100位内に25週、売上枚数62.5万枚と、
「時のすぎゆくままに」、「勝手にしやがれ」の次につける大ヒットとなりました。

あ、その間に「MEMORIES」がありましたが、これは英語ですしあまり歌われなかったですね。

TBSの「ザ・ベストテン」が翌年1月に始まりましたが、
その第1回(1月19日放送)で6位にランクされており、息の長いヒットだった事がわかります
(翌週10位、以後はベスト10外)。

作詞:阿久悠、作曲:大野克夫、編曲:船山基紀 各氏の「勝手にしやがれ」コンビの作品です。

当時の歌謡曲は1曲大ヒットが出るとその作風を次作にも踏襲する事が多く、
それが早く飽きられる原因でもあったわけですが、
「憎みきれないろくでなし」に関しては、作家陣が前作と同じであるにもかかわらず、
歌詞のも曲調もアレンジも全部別物なんですね。

しかし私は個人的には、それでも「勝手にしやがれ」と「憎みきれないろくでなし」は
シングルのA・B面のような密接な関係、姉妹曲であるような気がして仕方がないんです。

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先週、久しぶりにこのブログでクイズをやったのですが、回答して下さった方のコメントを読んで、
本当に目から鱗が落ちる思いがしました(気づかなかったのは私だけかも、ですが)。

この曲の歌詞、1番2番のそれぞれで、前半が男性の言い分、後半が女性の言い分
…と分かれているんですね。
そしてメロディーも、男性の方は長調で女性の方は平行調での短調でできているんです。
って事はこの曲、歌詞ありきのメロディー作り、即ち詞先って事でしょうか。
いやいや、その逆も十分可能ですが(^^;)

これまであまり深く考えて聴いていなかったからかも知れないのですが、
それに気づかされてからは、心の中のもやもやがスッキリしちゃいました。

阿久悠氏の書く歌詞は、曲によっては掴みどころがない、意味深だ…と思えるものがあるのですが、
「憎みきれないろくでなし」と同じように「きっとこれが言いたかったであろう世界」
が見えるかも知れない…と、また聴き直す楽しみが増えました(^^)

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でもですね、私がこれまでそのようなトリック(とは違うかな)に気づかなかった理由は、
メロディーとコードが独特でそちらにずっと惹かれていたからかな、とも思うんですね。

この曲はキーがCメジャー(各番後半はAマイナーになります)で、
全体の構成はイントロ→1番→間奏→2番→コーダ と全くもってオーソドックスです。

しかしコード進行を見ると、
♪昨日は昨日でどこか浮かれて 過ごしたはずだが♪ がC→F→G7→C→F と動くので、次はまたG7だな…
と思ってるとB♭が入ってお~、洋楽っぽい!と感動したり、

♪最後にあなたはあなたは…♪ Am→C と来たから定石通りなら次はDmで決定!
と思ってるとまたまたB♭!そこからE7に移るのがロックだねぇ~カッコいいねぇ…とまた感動。

さらには歌い終わり ♪恋に埋もれ死ぬ気でいるの~♪ でAm→G→F→E7と進行するから
次はきっとDmだな…と思っているとF7。
ミを♭させてブルーノートにして ♪憎みきれない… ろくでなし♪  と歌っているわけです。
そう、ロックだけでなくブルースまで入ってきてノックアウト。
サービス満点、仕掛けだらけの曲作りと言えるでしょう。

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それにしてもこの曲の歌詞、特に男性側のそれって覚えにくくないですか?
・…忘れてしまったよ 気障な台詞だね
・…予想も出来ないよ 使い古しだね
・…関係ないだろう  きまり文句だね
・…ほしがるものなのか 破れかぶれだね

の4つですが、前半と後半の「…だね」との関係が希薄で、どれでもいいように思えてしまう。
なので、しっかりと順番を覚えるしかないんですね。

似たような例は他にもあって、「わたしの彼は左きき」(麻丘めぐみ)、
「プレゼント」(ジッタリン・ジン)など、同じパターンでそれぞれの関係が希薄な文節を
いくつも並べているような歌詞は、人前で歌えるようになるほど覚えるには、
お経のように全体をまるごと記憶してしまうしかないんじゃないかな。

その代わり、そういった歌詞の曲は何も見ずに完璧に歌えれば、かなりの優越感に浸れます(^^)

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この曲のヒットの要因としては、アレンジとサウンドの独特さが最も大きいかも知れません。

船山氏の著書によると、「憎みきれないろくでなし」では、
そのロックっぽさ満点のイントロは大野克夫氏からすでに提示されていて、
そのまま大野氏がアレンジするとゴリゴリのロックになってしまうところを、
船山氏がストリングスやホーンなどを使ったメロディアスなアレンジを行い、
歌謡曲らしくわかりやすい音楽に仕上げる(私の意訳が入ってます)と言った作業だったようです。

中でもストリングスのフレーズは重要だったようで、
TBS水曜劇場「ムー」第23回に沢田研二さんが出演しこの曲が披露された時、
♪…ずるずるみんなをひきずって…♪ の部分で演奏されるストリングスのフレーズを、
井上堯之バンドではソリーナ(ストリングス音の鍵盤楽器)でそのまま弾いていました。
船山氏はテレビ等のためにもそれ用のアレンジを行なっていたそうなので、
恐らく当時の、他の音楽番組などに出演した時も同じ演奏だった事でしょう。

実際に音源を聴いてみると、ディストーションのかかったギター2本が全体のイメージを仕切り、
ストリングスとホーンは確かにメロディアスかつ控えめに鳴っているのに、
Aメロ(歌詞で男性側、ですね)では合間にウーウウーウウ…とアグレッシブな女性コーラス…。
やはり、ゴリゴリに近いロックな仕上がりになってます。


そして、個性的なミックス。

少し後のナイアガラサウンドっぽい、ディレイをかませた長めのリバーブを全体にかけて、
奥行きと言うよりも歌以外はまとまって奥の方で演奏しているようなイメージを感じます。
特に技術的に面白いと思うのは、リバーブをかなり低音域までにもかけている事で、
それによってエレキギターがウンウンと唸っているのがサウンドのカラーの一つになっています。
リバーブは、音が濁るのを避けるために、低音方向はバッサリとカットするのが通例なんです。
そんな事をお構いなしに、音楽的になるためなら何でもする!と主張しているようなサウンドであり、
恐らく吉野金次氏しか実行しないミックスではないでしょうか。

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しかし最終的にはやはり沢田研二さんの歌の強さ、ですね。

バックの音が強力だからと言ってシャウトするわけでもなく、
男性側は骨太な声、女性側はやや脱力的な声と使い分け、演じているような歌唱です。

この曲では最低音はC、最高音はその1オクターブ5度上のGですが、
かなり広いその音域を全く危なげなく、明瞭な発声で歌いこなしています。
特にAメロの ♪忘れてしまったよ…♪ などでは、1小節で上のDから9度も下るメロディーを
さり気なく歌いこなしてしまっているのは驚異的です。
声質やリズム感を含め、すべて満点ではないでしょうか。


この曲、1978年に岩崎宏美さんがアルバムでカバーしています。
キーはGと、沢田さんのバージョンよりも5度高く(いや、4度低く、かな)設定されていて、
最低音はG、最高音は上のDですが、声が絶好調の時期であるからか、
その全域に渡り全く破綻のない、奇跡のような歌声を残しています。
♪ろくでなし♪ の「ろ」をハッキリと巻き舌で歌っているのが面白いですよ(^^)

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いやー、それにしてもこの曲を歌っていた頃の、
アメリカのくずれた船員のようなファッションで歌っていた沢田研二さんのカッコ良かったこと!

今では似合うが似合うまいがお構いなしに様々なアイテムを身につける人が多いですが(^^;)、
我々が若かった頃は身の程を知っていたと言うか、沢田さんのような人がどんなファッションを
身につけて登場しても「あの人は特別だから」と、決して自分と同列には見る事はなく、
真似をしたりする人もほとんどいませんでした(ごくごく一部にはいましたけど)。
そのように芸能人、とりわけスターと呼ばれる人たちを自分から切り離して神格化していた
からこそ、その音楽もより楽しめていたように思います。

かと思うと、先述した「ムー」の中のシーンで、
「お化けのロック」を歌う郷ひろみ・樹木希林のコンビを横目で見ながらフリを真似しているのは、
オーバーオール姿の沢田さん。
「憎みきれないろくでなし」での衣装とは全く対称的で可愛いとも思える身なりなのに、
それさえカッコいいと思わせてしまうんですよね。
やはり、沢田研二さんは、スターです。


末筆ながら、これからもよろしくお願いいたします!


「憎みきれないろくでなし」
作詞 : 阿久悠
作曲 : 大野克夫
編曲 : 船山基紀
レコード会社 : ポリドール
レコード番号 : DR-6140
初発売 : 1977年(昭和52年)9月5日

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追記(2020/10/12 16:15)

取り急ぎ…
先程ニュースで作曲家の筒美京平氏が亡くなったことが報じられました。
言葉を失くすとはこういう時のことでしょうか…。
私も子供の頃から、筒美氏の作による数々の楽曲に親しみ、
沢山の思い出を残してきました。
心からご冥福をお祈りしたいと思います。
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筒美京平氏…。

今回は曲解説ではなく随想に終わりそうですが…。

ご存知のように、先週月曜の10月12日、作曲家の筒美京平氏が7日に亡くなった事が報道されました。
私はたまたまネットのニュースでそれを知って「えっ…」と、
その時誰とも話してはいませんでしたが絶句状態になりました。

心のどこかで、そのような日が近い将来に訪れる予感はありましたが、
いざそれが現実になるとやはり、色々な思いが交錯し、結局の感情は悲しい、その一語でした。
恐らく、筒美京平氏はこれまでで最も、その訃報の衝撃が大きかった作曲家でしょう。
それは一にも二にも、筒美氏が残した楽曲数が膨大であり、その中の何百にも上る数の楽曲が、
膨大な数の日本人の心に残っているからでしょう。

筒美氏はかつてテレビ番組で「昔の曲でもいい、自分が作った曲を誰かが口ずさんでいるのを見るのが
最高の幸せ」と語っていましたが、
それはもう、日本全国、どこにでもそのような人だらけですよ、きっと。

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筒美京平氏は、多くの音楽家が夢見がちな「海外進出」には全く興味がなかったように思います。
色々なインタビュー記事がありますが、それらには大抵「XX云々は日本人が好きな〇〇だから」
と語っていて、ひたすら日本人から好まれる、日本ではヒットする、
そういったエッセンスを常に模索していたんですね。

かつては行きつけのレコード店で、最新の輸入レコードを一度に何十枚も買い、
聴き漁っては日本人が好みそうなフレーズやサウンドを探していたそうです。

それも、一枚のレコードを最初から最後まで通して聴くのではなくて、
各曲の頭だけを次々に聴いては飛ばし、聴いては飛ばし…が多かったそうで、
イントロを聴いただけでその曲の全体像を把握する能力があったのか、
あるいはイントロの重要性を熟知していてそのアイディアを得るのが最優先だったか、
どちらかでしょう。

私はこれまで、筒美氏の楽曲の記事を書かせて頂くたびにいつも
「6thのついたコードを多用している」と書いてきました。
それは正確に言うと、基本的な和音であるI・IV・VのうちのIやIV、即ち1曲のメロディーの中で
主題となる部分や盛り上げにかかる部分の和音に6thを付けると言う意味なのですが、
その操作もやはり、日本人が好む哀愁感をそれとなく感じさせるためと言って良いと思います。

以前にも説明したかも知れませんが、例えばコードがC6ならば構成音はド・ミ・ソ・ラとなり、
それはCの構成音のド・ミ・ソ、そしてその平行調であるAmの構成音ラ・ド・ミを合体させた事と
同じになり、結果明るい響きとさみしげな響きの両方を持つ事になるんですね。

筒美氏の作品に限らず、歌謡曲には6thの音がかなりの頻度で使われているんですよ
(極端な例で言うと「銭形平次」(舟木一夫)でもさりげなく、でも効果的に入ってます)。

因みに6thの使い方については、都倉俊一氏の楽曲、特にピンク・レディーに提供した作品でも
大きな効果を発揮しています(目立つのは「カルメン'77」、「乾杯お嬢さん」あたりかな)。

しかし筒美氏の場合は勿論それだけに頼るわけでなく、
当時の最新の洋楽が持っていた「売れ線」を的確に判断し、採り入れる事で、
常に新鮮な歌謡曲を世に送り出していたんですね。

面白いのは、これってひょっとしたらアメリカの音楽家の方が筒美氏の作風をパクったのか!?
などと思える例もあって、
1974年前半頃に日本で(正確には「日本だけで」)大ヒットしたソウルポップスである、
スリー・ディグリーズの「荒野のならず者(Dirty O'l Man)」では、
6thをこれでもかと多用したコードバッキングが聴かれます。

その翌年にスリー・ディグリーズは筒美氏作曲の「にがい涙」を発売しヒットしましたが、
そこにはそういった音楽的なつながりがあるのかも知れませんね。

そんなスリー・ディグリーズのコーラスサウンドを参考に都倉俊一氏がプロデュースしたのが、
「スター誕生」からデビューしながらも不発に終わった3人を集めて結成したコーラス・グループ、
ギャルだったのではないかと私は思っております、因みにですが。

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筒美京平氏が最も多くのヒットを送り出したのは1970年代でしたが、
特に1971年から1975年にかけて、その作品の多さは驚異的です。
当時は作曲だけでなく自身の作品のアレンジも行なっていたので、
今考えると、寝る時間はあったのかな?と思ってしまうほどです。
きっと全盛期の小室哲哉さん並、もしかしたらそれ以上かも知れません。

その中でも1972年は毎月のように、オリコンのベスト10には必ず筒美作品が入っていましたが、
そんな中でも、堺正章さんのアルバム「サウンド・ナウ!」では12曲全ての作・編曲を行なっています。

またまた因みにですが、当時、筒美氏はサウンド・ナウ・オーケストラを結成し、南沙織さん等の
レコードでそのクレジットが見られ、「サウンド・ナウ」なる言葉へのこだわりが感じられますが、
それは当時の筒美氏の、楽曲制作に対するポリシーを示していたような…と言えばこじつけ、かな。

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筒美京平氏の作品で最も好きな曲は?
と質問すれば、きっと百人百様となると思います。

私は、1曲だけ挙げなさいともし言われたら、迷わず「潮風のメロディ」(南沙織)です。
音楽的にどうの、もそうですが、明るいのに得も言われぬ哀愁感、そのバランスでしょうか。
中学校に上がる前(今から46年前!)、私は記念にと思ってDJまがいのテープを作ったのですが、
その中でも変声期前の声で「何だかすごく思い出がある」とか言ってこの曲を紹介してます(^^;)

後はもう、絞りきれないほど好きな曲があります。
キリがないのでやめておきますが、良かったら皆さんの「筒美京平ベストワン」を教えて下さい(^^)

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2005年にBSフジで放送されていた「HIT SONG MAKERS ~栄光のJ-POP伝説~」。
その第1回が筒美京平氏の特集でしたが、今回、それが特別編成で放送されます。

2020年10月24日(土) 12:00~13:55

元は2回に分けて放送されたのですが、今回は1回にまとめてあるみたいですね。
これは必見! 私もずっと再放送を望んでいた番組です。

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私が初めて「筒美京平」なる名前を強く記憶に残したのは、小学6年の夏(1973年)、
「わたしの彼は左きき」(麻丘めぐみ)のシングルを買った時でした。

なぜか、その名前を見て、当時ミュージシャン等では普通だった長髪・サングラスではなく、
ネクタイを締めてキチッとした身なりのサラリーマンのような姿をイメージしていました。

実際には1971年のレコード大賞でご本人が画面に登場した事もあったのですが、
そんな事は全く知らずに浮かんでいたそのイメージ…結構、正しかったんですね。

超個人的な事で、不謹慎と言われるかも知れないのですが、
筒美氏が亡くなった10月7日が、やはり音楽好きだった私の父の命日と同じであったのが、
誇りに思えたりしています。

きっと私は、この世にいる間はずっと、筒美作品に親しみ続けるでしょう。
恐らく、日本には私と同じように思っている人が何百万人もいると思います。
筒美京平さん、素晴らしい音楽経験をさせて下さって、ありがとうございました。


筒美京平氏のご冥福を、心よりお祈り致します。


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