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恋人たちの午後 / アグネス・チャン

何とも春らしい、おだやかな曲です:
恋人たちの午後ジャケ.jpg

チャートアクション

「恋人たちの午後」はアグネス・チャンさんの9枚目のシングルとして1975年3月に発売され、
オリコンシングルチャート最高7位(同年4月14日付)、同100位内に12週ランクインし、
18.9万枚の売り上げを記録しました。


作家について

作詞は「ひなげしの花」「小さな恋の物語」をヒットさせた山上路夫氏。

作曲は「小さな恋の物語」から約1年半ぶりに森田公一氏。

編曲は馬飼野俊一氏で、作詞の山上氏共々、当時の渡辺プロの重鎮作家と言って良いでしょう。


歌詞について

当時まだ人気を保っていた小柳ルミ子さんや天地真理さんと同様に、
あくまでも清廉・清潔なイメージを大切にして作られ、
タイトルに「恋人」と付きながらも男性の影が全く見えてこない、
状況説明中心のやや過剰防衛な感じも受ける内容ですが、
当時のファンは歌手に対するそのようなイメージを何よりも大切にしていたのは間違いなく、
曲を聴くといつでも当時に戻れる気がするのはそのためかも知れませんね。


歌メロとコード進行について

「あの鐘を鳴らすのはあなた」のように、時として「このメロディーのこのコードか!」
と思わせるような作りを行う森田公一氏ですが、
「恋人たちの午後」はまず素直なコード進行を決め、それに対して素直にメロディーを書いた
のではと思える、抵抗なくスッと耳に入ってくるような作りとなっています。

しかしそれだけでは終わらない、と言うよりもそれだけでは売れないので何か工夫を…
と考えられたと思われるのがCメロ(♪今この時のすべてをみな…♪ の部分で、サビでもあります)で、
それまでFメジャーとDマイナーの行き来だったところに、
唐突にGマイナーに転調か!?と思わせるコード進行がほんの一瞬だけ登場します。
この曲ではそれが実に効果的で、ほんわかした明るい曲のはずなのに切なさが加味され、
すぐに元のFメジャーのスケールに戻り ♪大事にしたい…♪でこの曲での最高音であるハイEが使われ、
アグネス・チャンさん独特の高音でインパクトをさらに強固なものに…
と言ったような作曲テクニックが使われているんですね。

前作「愛の迷い子」までのように歌メロが高音域中心でなく、
やや低音域にメロディーの主体部をシフトさせている事も伺え、
その年に20歳を迎えたアグネス・チャンさんにも少しだけ大人っぽさを…
と言った配慮だったのでしょう。

アグネス・チャンさんの初期のシングル曲は ♪おっかのうえ…♪♪かぜのふく…♪♪いねむりしたのね…♪
♪ちいさないえなみが…♪♪すっきなーひとに…♪♪あっさーがきます…♪♪こがらしにまけそうなの…♪
と、歌い出しが強起であるのが殆んどですが(「ポケットいっぱいの秘密」は例外)、
1975年になると「恋人たちの午後」「白いくつ下は似合わない」「冬の日の帰り道」、
そして翌年の「恋のシーソー・ゲーム」と、ほとんどが弱起になっているのも、大人っぽさの演出の
一環かも知れませんね。

以前にも説明しましたが、強起(きょうき)とは小節の1拍目からメロディーが始まる事、
弱起(じゃっき)とは何拍か先行したり遅れたりしてからメロディーが始まる事です。

強起だと勢いと力強さを感じさせる事ができ、弱起だと穏やかでしっとりとした感じを出せるので、
バラードでは弱起が多いものです(例外はいくらでもありますので、目安程度ですが)。

以上の事を次の楽譜で確認してみて下さい:
恋人たちの午後score.jpg

加えて、♪…願いをかけーる♪(「星に願いを」)、♪…まるーで夢のよう♪(小さな恋の物語)
♪私の好きなそうげーん♪(「草原の輝き」)のような音を伸ばす時に音程を変えるのが
アグネス・チャンさんの特徴の一つですが(小田和正さんも同様ですね)、
「草原の輝き」の頃は元のメロディーにアグネス・チャンさんが自身で独自に変更を加えている
ような印象(歌い方のクセなのでしょう)を受けるのに対し、
「恋人たちの午後」では、そんな特徴を最初からメロディーに採り入れているように感じられます。


編曲について

リズムはミディアムテンポの8ビート(Cメロは16ビート)、キーは基本Fメジャーです。

出だし4小節ではベースが通常の音域よりも1オクターブ上で演奏され、
それがハーモニカとマンドリンのユニゾンで演奏されるメロディーと溶け合って大変印象的です。

続いて左右1本ずつのアコースティックギターがほぼ同じパターンのアルペジオでコード演奏を始めます。
アルペジオのパターンはA・A'では同じ、Bメロ(♪あなたとふたり…♪)で違うパターンになり、
Cメロ(サビ)ではカッティング…と、奏法を変える事で曲の流れにメリハリを持たせています。

またストリングスもイントロから活躍していますが、A'では歌メロに呼応するようにチェロが演奏され、
歌の舞台がどこかの広大な、遠くまで見通せるような場所であるようなイメージを覚えます。
続く流れるようなバイオリン群は風、あるいは鳥の声でしょうか。

オケにはキーボード関係は使われず、ドラムスとハーモニカ以外はすべて弦楽器で構成されています。

Bメロに入るとはずむようなリズムが加わり、幸せな雰囲気が醸し出されます。
♪…消えないで…♪ でサブドミナント(Ⅳの和音)がマイナー+6thになり、祈りのように聴こえます。
そして ♪今この時の…大事にしたい あなたと♪ と盛り上がり、また静かな間奏に流れ込みます。

シングルの曲としては地味ながら、心が洗われるような音楽ですね。


使われている楽器とその定位は:

左: ストリングス(バイオリン) アコースティックギター

中央: ベース ドラムス

右: ストリングス(チェロ、ビオラ) マンドリン ハーモニカ アコスティックギター


付記

アグネス・チャンさんの人気は1973年・1974年が絶頂期で、1975年になると落ち着いてきました。
しかし音楽の充実度では1975年は素晴らしいものがあり、
シングル、アルバム共にどれも聴きごたえのある、素晴らしい楽曲が揃っています。

個人的には、同年12月に発売された「はじめまして青春」(2枚組アルバム)が
何よりも印象が強く、今もよく聴きます。
アグネス・チャンさんのファンの間では最高傑作と語られる「思い出をあける鍵」、
キャリアを始めたばかりで知名度が低かった頃の船山基紀氏と萩田光雄氏が
中心になってアレンジを手がけた第3面・第4面、
ハイファイ・セットやシュガー・ベイブ、シンガーズ・スリーなど、
当時はあまり知られておらず後にビッグネームとなるミュージシャンによるバックコーラス、
このアルバムでしか聴けない「白いくつ下は似合わない」のリミックスなど、
楽曲自体のクオリティの高さも合わせ、今の時代にも十分再評価に値する作品です。

「恋人たちの午後」もそのアルバムに組み込まれていますが、
次のシングル「はだしの冒険」へのスムーズな流れをもって歌謡曲路線が終了し、
ニュー・ミュージックへシフトしていった時期の重要なアルバムとも言えるでしょう。


「恋人たちの午後」
作詞 : 山上路夫
作曲 : 森田公一
編曲 : 馬飼野俊一
レコード会社 : ワーナーパイオニア
レコード番号 : L-1234
初発売 : 1975年(昭和50年)3月25日

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widol

ぽぽんたさん、こんにちは。

恋人たちの午後、いい曲ですね。
愛の迷い子の勢いに乗ってヒットしましたが、発売時期同様に春らしい爽やかな曲で好きです。

森田公一さんが作曲とはあまり意識していませんでした。アグネスのシングルは比較的たくさんの作家を使っていますが、どれもアグネスらしさが出るのはやはりアグネスの強烈な個性なのでしょう。
「はじめまして青春」は聞いたことがありませんが、聞きたくなりました。アルバムの完成度が高そうですね。

ところで、この「恋人たちの午後」に別アレンジがあるのをご存知でしょうか。アグネスの「Always Agnes」というボックスに入っているのですが、発売時点で未発表だということです。

かなりアレンジとしては違います。いきなり「美しい朝がきます」のイントロと同じ旋律のようなイントロから始まって、シングルになったものとは曲の印象が全く別ものです。それまでのアグネスの延長線上にある感じです。やはりシングルになった方がこの曲に合っていると思います。

by widol (2018-03-27 08:30) 

ぽぽんた

widolさん、こんばんは!

実は私も、この曲が森田公一さんの作曲であるのを知ってちょっと意外に思ったんです。
これまで何度もレコードでもCDでもかけて聴いているのに、認識していませんでした。
あまりに歌謡曲らしい、素直なメロディーだからかな?
考えてみると、この曲の作家の組み合わせは天地真理さんの「恋する夏の日」と同じ
なんですよね。 そちらの方は何となく納得できる(?)のですが(^^ゞ

「はじめまして青春」、本当に良いです! どちらかと言うと地味で静かな曲が多い
のですが、何度聴いても飽きない、味わい深い曲が揃っています。
機会があったらぜひ聴いてみて下さい(CDも発売されていたのですが、今は廃盤かな?)。

以前から「Always Agnes」に注目していたので「恋人たちの午後」に別ver.があるのは
知っていたのですが、一度も聴いた事が無いんです。
そのアルバム、「ふたりの牧場」の別ver.も入っていますし、私が一番好きな
「幸せの白い砂」も聴けるのでぜひ買いたいと思っているのですが、ちょっと高価なので
なかなか手が出なくて(^^;) でもいつか、ぜひ手に入れたいと思っています。
それらの別ver.は、購入するまでの楽しみにしておきます(^^)

因みに「美しい朝がきます」のアルバムver.も大好きです!

by ぽぽんた (2018-03-27 23:56) 

もとまろ

ぽぽんたさん、こんにちは。

知ってる歌なので…嬉しいですが、記事を読ませていただくまでは、♪つつんでかえりた〜い〜♪の部分を覚えているぐらいで、印象に薄い歌でした。
改めて聴いてみると、穏やかでいい歌ですね。

で、ヒットは百恵ちゃん淳子ちゃんの競い合いが目立ち始めた頃でしたよね。
そんな中、「恋人」たちの午後…とは書かれるけれど、アグネスさんがファンの方に語りかける歌だと思います。状況が人々の実生活にだんだんと即してきたのかなと。「ひなげしの花」に共感できなかったアグネスさんを思えば、だんだん歌いやすくなってきて、ファンの方も聴きやすくなってきたのかな。

メロディーラインについては、♪だいじにしたい♪の部分が独特だなと思います。
印象的なコード進行のあたりですよね。
で、♪あなたとー♪と祈るように歌って締めてますね。
大人っぽい、というのと、実生活に近い風景、というのを思いました。

ぽぽんたさんはコードのことを書かれますが、コードはレコードの通りに聴けるではないんですよね。テレビやコンサートでは違うコードで演奏されることがあります。
今はようつべのおかげで番組やコンサートの歌唱シーンをたくさん見ていますが、若いときはレコード音源をずっと聴き続けて、ある時見た歌番組では違うコード進行だったりすると、違和感とか手抜き感みたいなのを思います。
カラオケを聴く、ということは、その歌本来の音色・世界を知る大事なことなんじゃないか、と思います。
by もとまろ (2018-04-01 16:28) 

もとまろ

あ、「違和感」「手抜き感」は、たまに思うことで、しょっちゅうではないです。
by もとまろ (2018-04-01 20:00) 

ぽぽんた

もとまろさん、こんばんは!

アグネス・チャンさんは、前年の「ポケットいっぱいの秘密」あたりを境に、
徐々にトップアイドルの座を淳子さんや百恵さんに奪われ始め、
この「恋人たちの午後」はそれが顕著になってきた時期に発売されたので、
その印象も加わって楽曲自体のイメージもやや希薄になってしまっている人が
多くおられると思います。
しかし音楽としては、アグネス・チャンさんが歌詞を理解しそれを的確に表現する
ようになっていて、デビュー当時のようによく意味もわからずに歌っていた頃とは
別物と言えるほど進歩していたと言えると思います。
元々声自体に説得力があるので、もとまろさんが仰るように「祈るように」歌われると、
ファンにとってはもう、アグネス・チャンさんが女神のように見えたと思います(^^)

確かにコード進行やキーは、レコードと生とでは違う事が多々ありました。
ただ基本的にテレビの歌番組などではレコードで編曲を担当した人が監修するので、
変わっていたとしてもそれなりの意味があったものと思われます。
レコードで凝った演奏が聴けるパートが生では違うものになっていたりする事も
よくありましたが、送り側としては手抜きのつもりはなかったのではないかな。
しかし良し悪しを決めるのはファンでありリスナーですから、
受け手が手抜きに感じてしまう事実は決して良い事ではありませんね。
恐らく担当者もそのあたりはかなり意識して制作していたと思います。
きっと現場は戦々恐々だった事でしょう。

by ぽぽんた (2018-04-02 00:00) 

もっふん

いつも「今さら」なもっふんです(笑

まとめて文章にするほどの事でもないかなと放置していた事を2、3点。

1.イントロのベース

最初4小節は、ベースの高音にしては固くて音程のブレが少ないので、普通のアコースティックギターの低音弦(ちょうどベースの1オクターブ上)で、ベース自体は4小節目4拍目のグリスダウンから演奏されているのではないかと思います。

2.ギターのアルペジオ

この「チャンチャカチャカチャン」や「チャンチャカチャカチャカ」と言うパターンはカントリーっぽい楽曲で多用(5弦バンジョーの奏法と非常に似ていますよね)されていますが、ギター経験者にはスリーフィンガー奏法、もしくはその亜流と認識されているので、「アルペジオ」と言われると「お、おう・・・」と若干戸惑います(笑

この奏法は音価こそ16分ですが、根っこがカントリーなのでリズムフィールは猛烈に2ビート臭くなります。ですので、ギターキッズは分散和音の音価がそのまま曲のビートと一致する事が多いものをアルペジオと呼んで区別している場合が多いです。

3.IVm6

IV に限りませんが、「m6」コードの構成音は 6th の音をルートとした「m7-5」と同じになります。IVm6 であれば IIm7-5 ですから単純な II-V よりも強い進行感で V のコードに進む事、さらにはその先に Im が待っている事を期待させますし、見かけルートの II と ♭5th の間が増4度(トライトーン)を形成しているために、III♭(m) や VI(m) へのドミナントとしても機能するので、上手く利用すると一瞬調性感を曖昧にして転調するんじゃないかと思わせる働きがあります。

以前、「上手い作曲をする上では m7-5 の使い方がポイントではないか」とおっしゃっておられましたが、m6 にも同じことが言えて、後はルート音の選択次第なのかも知れません。

いやまあ、だから何だって話なので今日まで書かなかったのですが(笑
_
by もっふん (2018-04-30 11:18) 

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